1965年3月6日東京8Rのたちばな賞で起きた「山岡事件」という八百長疑惑を採りあげました。

山岡事件

山岡事件は競馬史上最悪の八百長による不正事件と言われています。
暴力団員が騎手を恐喝して八百長に加担させていたことが明るみに出ました。
しかし、実際のレースを見た解説者は八百長ではないと訴える意見も多く見られ、八百長しようとした意図があったのは事実でも、それが結果に直結していたかは賛否両論を呼んでいます。

 

事件の詳細

 

事件が発覚したキッカケは、競馬とは関係ない日立建設機械で発生した巨額横領事件に絡んだ恐喝事件(1865年)です。
逮捕された暴力団員の一部が、取り調べの中で中央競馬の騎手と共謀して八百長行為を仕組んでいたことを自白したことで競馬業界に激震を与えました。

 

警視庁及び日本中央競馬会が調査を行い、1965年9月には中央競馬の騎手山岡忞と暴力団員など2名が贈賄罪の容疑、騎手の中沢一男と高橋勇が収賄罪の容疑で逮捕されました。
現役騎手が逮捕されたので八百長があった事実は明白です。なお山岡騎手が事件の首謀者になったことから「山岡事件」と名付けられました。

 

また、逮捕された人物の証言から、地方競馬でも八百長が行われていたことが明らかになり、大井競馬場では千葉藤男・阿久津稔の騎手2名が同様の不正敗退行為を行ったとして逮捕されました。
中央競馬と地方競馬ともに1960年代は騎手が加担した八百長が行われていたのは紛れもない事実です。

 

ちなみに主犯格だった山岡忞騎手は、中央競馬において天皇賞や有馬記念を勝利する一流のG1ジョッキーでした。
高所得を得ていたトップ騎手が八百長に加担したことも、競馬史上最悪の八百長と称される要因です。

 

厩舎区画への出入りの制限の強化、出走予定の人馬の保護(騎乗予定騎手の調整ルーム入室による外部との接触の制限等)、競馬関係者の予想行為の禁止などの規制が敷かれました。
騎手が馬券を買ってはいけないのは有名な話ですが、これは山岡事件がキッカケで作られたルールです。

 

おそらく山岡被疑者は、報酬をもらうだけではなく自身も馬券を買って利益を出していたのでしょう。

 

八百長の焦点になった「たちばな賞」

 

逮捕された山岡らの証言では、1965年3月6日東京8Rのたちばな賞と、同年4月10日東京3Rのサラブレッド障害で八百長行為をしていたと自白されました。
条件戦の障害は八百長をする余地があるものの、クラシック戦線に繋がるオープン競走のたちばな賞で騎手の思惑での八百長が成立したのか議論が起こっています。

 

供述によると、カブトシローに騎乗する山岡に対して、暴力団員がレース前に本命馬であるサンキュウプリンスも騎乗する中沢を接待するなどして不正に敗退させる様に指示および、レース中の妨害を指示します。
結果的にサンキュウプリンスは終始後方のまま敗退し、山岡騎乗のカブトシローが勝利します。

 

しかし、当時パーフェクト予想で話題になった大川慶次郎を筆頭に、レースフィルムを見た解説者や競馬予想のスペシャリストが相次いで「どこが八百長なのか分からない」と発言します。
レース当日はサンキュウプリンスは本命ではなく4番人気で、なぜ1番人気を妨害しなかったのか疑問を持たれています。
また、山岡は妨害するように指示されながら結果的に勝利してしまいます。

 

ちなみにカブトシローはその後、天皇賞馬になった名馬で、一流ジョッキーだった山岡は、妨害の指示を無視してレースに集中したのではないか?といった見解を述べる意見も出ています。
いずれにしても競馬の八百長は騎手のみが行うのは難しく、調教師をはじめとした厩舎のコンディション管理などまで行わないと、確実な順位操作が難しいことを証明した事件でもありました。

 

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